「成瀬は天下を取りに行く」そして続編の「成瀬は信じた道を行く」。
この2冊に共通する魅力は、何と言っても“主人公・成瀬明里”をあえて本人の視点から描かず、周囲の人々の視点で物語が紡がれていくところにあります。
読後には世界が少しだけ多層的に、豊かに見えてくるような感覚がある。
本記事ではその理由を、物語の舞台や登場人物、構成のテクニックという観点からご紹介します。
舞台は滋賀県・膳所（ぜぜ）周辺
物語は、琵琶湖のほとり、滋賀県の膳所という町が中心舞台となります。
関西圏の方なら「ああ、あのあたりね」とピンとくる方も多いかもしれません。
地方都市ではあるけれども、首都圏や大都市ほど華やかなわけでもない。
「西武百貨店」などが登場するものの、どこにでもあるような町が小説の重要な舞台です。
その“ちょっとパッとしない”空気感と、そこに生きる人々の生活感が、かえって成瀬明里という天才肌かつピントの外れた行動をとる少女の存在感を強く引き立てています。
“変わり者”成瀬明里を“周囲”から描く面白さ
本作の1番の特徴は、“主人公の内面が描かれない”こと。
主人公・成瀬明里の視点ではなく、彼女の親友・島崎、父親、近所の主婦など、さまざまな人の語りによって成瀬の姿が浮かび上がっていく構成になっています。
- 成瀬明里の天才的な面白さ
たとえば高校に入学して突然丸刈りにしてしまう、何かをやると天才的にできるのにピントがずれている……など、“本人の視点がない”からこそ周囲から見ると「変な子なんだけど、妙にすごい子」感が際立ちます。 - 多面的な人物描写
周囲の語り手たちは、どれも個性的。島崎は親友としての目線、父親は娘を心配する親ならではの目線、近所の主婦・呉間さんはクレーマー気質ならではの目線……同じ成瀬でも、語り手ごとにその姿が違って見えます。
こうした“周りから描く”構成にすることで、主人公の神秘性やスケール感が保たれ、人間関係や視点の面白さが何倍にも増幅されているのです。
オムニバス構成から一つに繋がる爽快感
「なるせは信じた道を行く」では、1話ごとに視点が変わり、エピソードが並んでいくオムニバス形式で進みます。
いくつかのお話が展開していくうちに、後半では登場人物たちが思いがけない形で繋がっていくのが痛快。
- エピソードごとの味わい
父親が「娘が引っ越しを考えているらしい…」と勝手に心配してみたり、呉間さんの“クレームにかける妙な情熱”が描かれたり。どの視点もどこか面白おかしい。 - 最後には交錯する人間模様
島崎と呉間さんが接点を持ったり、父親とまた別の人物が出会ったり……視点キャラ同士の交流を通して新しい人間関係が生まれ、各話が見事にリンクしていきます。
読んでいくうちに、「この町にはこんな風に暮らしている人がいたんだな」と、まるで自分もその土地に住んでいるかのように感じられるのが大きな魅力です。
人間ドラマを“多層的”に描く技法
本作の最大の特徴は、書き手にとっても非常に参考になる“人物の描き方”にあります。
特に小説では、主人公の内面を掘り下げやすい分、逆にスケール感が失われがち。
しかしこの作品はあえて主人公の内面を直接描かず、周囲から見ることで“成瀬明里という人物”を際立たせています。
こうした手法には、たとえば『闇金ウシジマくん』のウシジマを周囲から見る構成や、『ONE PIECE』のルフィを仲間の視点から描く構成などと共通する面白さがあります。
また、登場人物それぞれが魅力的に“喋り”、その人物視点でのこまやかな心理描写がしっかりと作りこまれていることで、“主人公以外のキャラ”も大いに輝くのです。
読後は世界が少し広がる感覚に！
小説を読む醍醐味の一つは、「いままで見えていなかった世界や人間関係の多層性が感じられること」。
成瀬シリーズは、まさにそんな体験をさせてくれます。
- 人間理解が深まる
親友から見た成瀬、父親から見た成瀬、クレーマーの主婦から見た成瀬。いろんな視点が縦横無尽に絡み合うことで、読んでいるこちらまで、登場人物たちを通して「人とは何か」「集団とはどういうものか」まで考えたくなるような面白さが生まれます。 - 読んだ後の“多層的視点”
物語を閉じたあと、ふと自分の身近な人間関係を思い返してみると、意外と自分と他人の視点は違うものだな…と再認識させられる。世界がちょっとだけ豊かに広がったような気分を味わえるのです。
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まとめ
「成瀬は天下を取りに行く」と「成瀬は信じた道を行く」は、どちらも“成瀬明里”という不思議な魅力を放つ主人公を、あえて周囲から描くことで生まれる多面的な面白さがあります。
オムニバス形式で、個性的な視点キャラクターが次々と登場し、最後に見事に繋がっていく様子は読んでいて爽快。
ただ面白いだけでなく、“人を多角的に見る”ことの大切さや、自分とは違う視点を持つ人々の世界を想像することの豊かさを教えてくれるシリーズ。
読後にはきっと、新しい景色が見えてくるはずです。ぜひ手に取ってみてください。
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