
今回ご紹介するの「静かな退職という働き方」は、雇用ジャーナリストの海老原さんによる「日本の働き方」と「静かな退職」についての話。
日本とヨーロッパ、アメリカの働き方を比べながら、日本の“ちょっと変わった”雇用システムや働き方の問題点、そして今注目される「静かな退職」の考え方がどう繋がるのか、興味深い内容でした。
ヨーロッパ発・近代的な「労働」の仕組み
まず海老原さんは、「近代的な働き方や雇用ルールは、もともとヨーロッパで250年かけて完成したもの」だと指摘します。
- ヨーロッパの歴史
中世の教会支配が終わり、国(国家)が整い、さらに市民革命や議会制民主主義を経て「労働者の権利」を守る仕組みが少しずつ確立。
労働組合が力を持ち、
労働法が整備され、
労働者=雇用者を保護するルールががっちり決まる。
その結果、
「過度に働かない権利」を労働者側が強く主張。
公共サービス窓口が平気で3時に閉まるなど、「あまり働かない」文化も生まれた。
学歴・資格による“階級”に近い仕組みが固定化され、ある意味で上下関係がハッキリ。
ヨーロッパでは、「労働者は経営者とは別の存在で、あくまで市場(労働組合)から外部人材として雇われている」という考え方が強いようです。
アメリカと日本は「250年分を一気に取り入れた」国
一方、アメリカや日本には「ヨーロッパと同じような長い積み重ね」はありませんでした。
- アメリカの例
市民革命や独自の自由主義が中心となり、「市場がすべてを決める」流れに。
企業も労働者も“契約”を重視し、「雇う/辞める(解雇)」が流動的。
能力と給料が合わなければすぐ転職できるので、結果的に給与相場が上がりやすい。
- 日本の例
明治維新でヨーロッパの憲法・法制度を急に取り入れた。
しかし、江戸時代から続く「村社会」「共同体」の感覚が強かったため、ヨーロッパ式の“雇用ルール”がそのまま馴染まなかった。
結果的に「会社=共同体」として、人を一括で面倒を見る“日本式”が定着。
これが「終身雇用」「年功序列」「24時間働く男性」「専業主婦を支える家族像」などと結びつき、長年機能してきた。
日本人は「金労者(きんろうしゃ)」?
やたら忙しいのに成果が少ない謎
ここで海原さんが面白い表現をしています。
「日本の社員は“金(カネ)を生むために合理的に働く人”ではなく、
“金狼(キンロウ)…つまり仕事をした“ふり”をしがちな人」なのでは?」
金労者(きんろうしゃ)とは?
- 「仕事の成果」よりも「仕事っぽい行動」を大事にしてしまう
- 横並びを重視して、皆がやるから自分もやる。
- 前例どおりの会議、長いメールの挨拶、儀礼的な年賀状/来訪。
- 不要な商品開発やクレーム対応にエネルギーを費やす など。
- 「大事なのは時間を埋めること」
- 成果が上がるかどうかよりも、「頑張っているように見える」行動をとる。
- それによって上司・周囲から「仕事熱心だね」と評価される。
- しかし企業全体としては労働生産性が上がらない。
こうした「形だけの努力」を続けてしまう構造こそが、日本の長時間労働&低生産性を招いているのではないかと海老原さんは指摘しています。
異常な“こだわり”も強みだが…
日本は不良品を限りなくゼロに近づける、商品を次々に改良し続ける…など、「こだわり」が強みとなる場面もあります。
しかし、そこに伴うコストや時間を、きちんと価格へ転嫁できていない場合が多いのだとか。
たとえば、
- 「毎回新商品を開発・CM展開し続けるなら、そのぶん商品価格を上げるべき。安売りで過剰品揃えをするのは非効率」
- どの企業も「横並び」で似たようなサービスを死に物狂いで続けるため、利益率が低迷し、社員が疲弊している。
今こそ「静かな退職」が必要?
近年アメリカなどで注目される「Quiet Quitting(静かな退職)」。
言葉の通り、周囲に大騒ぎされることなく「仕事へのコミットを抑え、必要最低限の業務だけをこなす」人たちを指します。
日本でもアンケートをとると「自分は静かな退職に当たるかもしれない」と感じる人が6割にもなるという結果が出たそうです。
海老原さんによると、そもそも日本は「働きすぎ」で、欧米基準でいえば充分やる気を出している。
それでも「もっと働け」と言われてしまう風潮があるからこそ、「静かな退職」という言葉が多くの共感を得ているのでは? とのこと。
「静かな退職」=“自分の時間・人生を取り戻す”
- 必要な仕事はきちんとやる。
- でも企業の都合で増やされる“無駄な業務”や“長時間残業”は拒否する。
- そのぶん家族・友人との時間を確保し、自分なりの充実を図る。
こうしてゆるやかに「会社依存」から脱却していく姿勢が、結局は「長く働き続けること」にもつながる、と海老原さんは指摘します。
「金労者」との違い
- 金労者:周りに合わせて無駄な仕事も増やし、自分を疲弊させる(成果は微妙)。
- 静かな退職者:会社や上司の「無駄」をうのみにせず、自分の軸で働く(ただし必要最低限の責任は果たす)。
いずれも「大人しく見える」かもしれませんが、実は逆。
“静かな退職”を選ぶ人は、会社にしがみつくのではなく、あくまで自分でコントロールするという点が違います。
これからの日本はどう変わる?
海原さんは、「もう昔の“男は24時間働き、女性は専業主婦で支える”モデルは成り立たない」と強調しています。
働く人が減り、個人が自由に転職しやすくなっている今こそ、企業は「ムダな仕事を削ぎ落とす」「成果と報酬をきちんと結びつける」など変化が必要。
一方で「無理して走り続ける人だけが報われる社会」から、「それぞれのペースで、70歳まででも働ける社会」へシフトすべきだという考えもあります。
その1つのヒントとなるのが「静かな退職」。
必要以上に頑張らなくても、少し長い目で働き続け、必要な部分で能力を発揮する、そんな緩やかな働き方が広がれば、人手不足も解消しやすくなるかもしれません。
まとめ
本書を通じて分かるのは、日本が長年「会社を共同体」と捉え、過度に頑張りすぎる土壌を作ってきたこと。
しかし、社会環境や家族のあり方が変わり、みんなが同じやり方で働くのはもう難しい時代です。
- 本当に必要な仕事は何か?
- それに見合う報酬や時間管理はどうあるべき?
- 「静かな退職」のように仕事をセーブするのは悪いこと?
こうした問いに向き合い、自分の人生や健康を守りながら働くことが大切になっています。
会社や国に頼るだけでなく、自分自身のペースと価値観に合った働き方を見つける、その選択肢をもっと増やしていくことが、これからの日本に求められているのではないでしょうか。

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- 仕事を“頑張る”意味
「会社や上司の指示に従うことがすべて」だった価値観は、もう通用しなくなりつつあります。
とはいえ、何でも“適当に”やればいいわけでもありません。
自分の生活・家族・健康とバランスを取りながら、新しい仕事観を模索する。
そんなヒントが、本書から見えてくるのではないでしょうか。